2016.6.25 : 6/23 英 EU 離脱 新聞掲載記事
EUからの離脱を選択した英国民の決定は、英国内外を揺さぶっている。国論は離脱・残留に分断され、
EU残留を志向するスコットランドや北アイルランドは英国からの独立に向けた動きを加速させる構えだ。
EU内でも英国に追随する国が連鎖反応を起こす可能性もある。「パンドラの箱」を開けた影響は計り知れない。
残留運動を率いるキャメロン英首相は21日の公開討論会で離脱の場合の経済への悪影響を強調。
英財務省も2度にわたって経済への悪影響を示す試算を発表。国際通貨基金(IMF)、経済協力開発機構(OECD)、
世界貿易機関(WTO)などの国際機関や、主要7カ国(G7)首脳会議(サミット)も「世界経済のリスク」と懸念を表明し、
首相の狙い通りの経済論議が展開された。
経済への悪影響を強調するキャメロン氏に対し、離脱派は「恐怖を植え付けている」と反論した。
「影響を受けるのは大企業で、小規模な企業や労働者には利益になる」と、庶民に訴え「エリート対庶民」の構図に持ち込んだ。
最終盤に行われた世論調査会社「YouGov」の調査で、「最も重要な争点は」との問いに対し、経済問題は23%で、英国の独立や主権を重視するとした32%を下回った。
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「主権を取り戻そう」。世論調査結果で劣勢だった離脱派は5月下旬から、このフレーズを繰り返した。「EUに主権が侵され、自分たちの手で国の行く末を決めることができないから」と、現状の問題を全てEUのせいにした。
移民問題もEUに責任を押しつけた。「移民が増えて、家賃が上昇している」「労働者の賃金が抑えられている」。移動の自由を定めたEUに加盟しているため、EU内から移民が押し寄せていると主張した。
英中部で難民・移民支援に取り組んでいた残留派の英下院議員が極右団体との関連が疑われる男に銃殺された事件をきっかけに「離脱派は人種差別と関連づけられる恐れがあるとして移民問題を取り上げにくくなっていた」(英メディア政治部記者)。
しかし、離脱派を主導するボリス・ジョンソン前ロンドン市長は「私の祖先はトルコからの移民だ」と反論し、古くからの移民層も取り込んだ。
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そもそも、国民投票の実施を決めたのはキャメロン氏だった。2013年1月、2年後に控える総選挙を見据え、国民投票を17年末までに実施することを発表した。狙いは2期目の15年5月の総選挙での勝利だった。単独過半数を割り自由党と連立を組んでいた保守党にとって、単独過半数の獲得は悲願だった。
「選挙での勝利と共に、歴史に名を残そうとしたキャメロン氏がパンドラの箱を開けた」。保守党議員らのアドバイザー役を務める元英紙政治部記者はこう話す。英国内には、欧州大陸の独仏主導で欧州統合の機運が生まれたときから、保守党内には統合を疑問視する声がくすぶっていた。EUの前身の欧州共同体(EC)に1973年に加盟したが、2年後には、
今回と同様に国民投票を実施し、67%が残留を支持してECにとどまった。
国民投票を掲げたキャメロン氏は総選挙で保守党の単独過半数を勝ち取ったものの、結局は民意に拒絶された。
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「英国は世界で、力強く自由で人間的な発言力を取り戻すことができる」。ジョンソン氏は24日午後、離脱の決定を最大限に評価した。EUの規制に左右されず、英国独自の政策を推し進めることへの意欲をにじませた。強気の発言には、キャメロン氏の後釜を狙う野心ものぞく。
「反EU」に勢い
英国民の選択は、移民排斥などを掲げて支持を広げる反EU政党を勢いづけた。反ユーロと不法移民排斥を掲げるイタリアの右翼政党「北部同盟」のマッテオ・サルビーニ書記長は「英国の自由市民の勇気に万歳! 今度は私たちの番だ」と支持者を鼓舞した。
英国の国民投票で欧州連合(EU)離脱が確実になったことが世界に波紋を呼んでいる。
世界経済や日本経済にどんな影響があるのか識者に聞いた。
−−英国の国民投票の結果をどう受け止めますか。
◆離脱が自然だと思っていた。大陸欧州に対して英国は海洋国で体質も違う。移民問題だけではここまでの差にならなかっただろう。政治主導で計画的に進めるEUのやり方は英国の国民性と合わない。欧州委員会などが国々を縛り、それが各国の法律より優先することに不満が強まったことが本来の要因だ。
−−離脱を受け、マーケットはパニック状態になりました。
◆現状維持なら安心で、転換には過激に反応するという傾向が明確にあらわれた。過去にも英国が1992年に欧州為替相場メカニズム(ERM)を脱退した際、英国通貨ポンドが急落し「ブラック・ウエンズデー(暗黒の水曜日)」と呼ばれた。
−−パニックは続きますか。
◆神経質な動きは続く。中国経済の動向などでただでさえ市場は神経質になっており、過剰反応する癖がついている。今後、英国とEUとの離脱交渉がどう展開するかに右往左往するだろう。統合欧州の今後にも注目だ。英国ではスコットランド独立や北アイルランド問題も抱えており、今後の動向がマーケットにはパニック要因になる。
−−政府・日銀はどう対処すべきですか。
◆今回の問題で円高が進んだのは興味深い。20年ほど前ならむしろ米ドルに逃げていた。債権大国の通貨、円の価値に市場は注目するということ。明らかに実勢と違う方向に相場が急激に動いた時に対処するのが通貨当局の役割であり、為替介入で調整するのは妥当と思う。
−−企業活動への影響も大きそうです。
◆英国政府もシティー(ロンドン金融街)も外資を引き留めるためにいろいろ考えるだろう。EUの統一ルールに従う必要がない英国はEUより得という姿勢を見せるだろう。日本政府も、EUや英国との通商交渉など強気に臨み、良い条件を引き出す知恵を絞るべきだ。
−−世界中が内向きになっています。
◆米国では共和党のトランプ氏、ロシアではプーチン大統領など、排外的な政党や団体が世界的に力を持ち始めているのは大問題だ。EU各国でも移民排除の動きが広がっているが、それを理由にEU離脱を志向する国が出てくれば分断と対決の世界になってしまう。
23日の開票直前には、直近の世論調査結果で離脱派が後れをとっていたため「残留派が勝つ」と肩を落としていた英国独立党のファラージ党首だが、勝利が確実になると、「死にかけているEUの最初の壁を崩した」と笑みを浮かべた。
だが、離脱のプロセスは始まったばかりだ。内政や外交で抱える問題の処理を誤れば、英国の足元が崩れかねない。
債務危機以降、イタリアなど南欧では高い失業率が続く。来年はフランスで大統領選、ドイツで総選挙が行われる。反EU政党、右翼政党の伸長が予想されているだけでなく、他政党でもEUに懐疑的な有権者に配慮した公約を掲げる候補者が増えそうだ。
米調査機関ピュー・リサーチセンターが今月発表したEU加盟10カ国の世論調査では、EUを好ましくないと答えた人は47%に上った。加盟国に権限をある程度戻すべきだと答えた人は42%に達し、EUに権限を移すべきだ(19%)を大きく上回った。
ブリュッセル自由大のナタリー・ブラック講師(欧州政治)は「EUへの懐疑的な見方が広がっており、過去の危機とは性格が違う。EUが築き上げてきたものを根本的に問い直す必要がある」と話す。EUから加盟国が次々と離脱を求める「ドミノ現象」が起きるとの見方には否定的だが「EU懐疑派やポピュリズム政党を確実に勢いづける」と予想する。
経済共同体から政治統合体に深化を続け、原加盟6カ国から28カ国に拡大してきたEUは、ギリシャ危機、難民危機に続き、大国・英国の離脱という異質な試練に直面した。
「EU離脱」の投票結果を受けて会見したトゥスク常任議長(EU大統領)は「つらい時こそ人は強くなる」と述べ、英国が抜けた後も残る27カ国で結束していく決意を示した。
●識者に聞く 離脱が自然だった 同志社大教授・浜矩子氏