2015.12.25 : 「化血研」 不正の背景
事故による大量出血や病気でみずから血液をつくれなくなった患者の命をつなぐ輸血。その輸血に使われる「血液製剤」の製造を巡る驚くべき不正が明らかになりました。
熊本市にある製薬会社「化血研」=「化学及血清療法研究所」が、およそ40年にわたり国の承認とは異なる方法で血液製剤を製造し、組織的な隠蔽を図っていたのです。
なぜこうした不正が見過ごされてきたのか。その背景には何があるのか。
「化血研」は熊本大学医学部の前身、熊本医科大学の研究所を母体に昭和20年に設立されました。国内の血液製剤のおよそ3割を製造する”老舗”メーカーで、研究者を中心に従業員1900人余りの優良企業として知られています。
不正が発覚したのはことし5月。きっかけは厚生労働省に寄せられた内部告発でした。製薬会社は医薬品の製造・販売を行う際、有効性や安全性を確保するため製造方法などについて国の基準に適合しているか承認を受けなけばなりません。
しかし、化血研は12種類の血液製剤のおよそ30の工程で承認とは異なる方法で製造を続けていたのです。
「ヘパリン」という血液を固まりにくくする成分を添加していたほか、殺菌の時間も変えていました。健康被害などは報告されていませんが、化血研が設けた第三者委員会によりますと、不正はおよそ40年にわたっていたということです。
不正だけでなく組織的な隠蔽工作も行われていました。定期的に行われる国の検査で、不正が発覚しないよういわば”二重帳簿”を作り本物の記録は明朝体、虚偽の記録はゴシック体と社内で使い分け、国の検査の際にはゴシック体の記録を見せていました。
過去の製造記録を作り直した際には紫外線をあてて変色させ、古く見せかけていたということです。
調査した第三者委員会は「重大な違法行為で常軌を逸した隠蔽体質だ。問題の根幹は『少々ごまかしても大きな問題ではない』という、研究者のおごりだ」と厳しく指摘しています。
血液製剤やワクチンは、国の計画に基づいて生産されています。海外に比べるとメーカーの数は少なく血液製剤については化血研を含め3社だけです。企業のコンプライアンスに詳しい久保利英明弁護士は「寡占状態の業界では消費者はその製品を買わざるをえないのが現状だ。
競争がないまま自浄作用が働かず不正が明らかにならなかったのではないか」と指摘しています。
不正が頻繁に行われるようになった時期は、1980年代で非加熱の血液製剤を使用した血友病患者などがエイズウイルスに感染した薬害エイズ事件の時期と重なります。事件を受け、国は加熱製剤に切り替え国内での完全需給を目指し生産体制の増強を各社に求めていました。
薬害エイズ事件では化血研は被告企業の1つでした。平成8年に和解が成立した際には「安全な医薬品を消費者に供給する義務を深く自覚し、同じことを繰り返さないよう最善で最大の努力を約束する」と誓っていました。
その後、ワクチンでも手続きのミスがみつかり厚生労働省は安全性を確認するため一時、化血研が製造するすべての血液製剤とワクチンの出荷を差し止めるよう指導しました。
安全性が確認された製品から出荷が再開されていますが、7種類の血液製剤と3種類のワクチンは出荷が止まったままです。地域によっては供給に時間がかかるなどの影響が出ています。
長年、血友病患者の治療にあたっている東京・杉並区にある荻窪病院の花房秀次医師によりますと、安全性が確認されていない血液製剤は使えないとして、予定していた8歳の子どもの手術を延期し症状が悪化したケースもあったということです。
花房医師は「化血研には今の体質を根本から見直してもらいたいし、国についても安全な血液薬剤を提供するという責任を全うできるような体制を整えてほしい」と話していました。
血液製剤の問題とは別の不正も相次いで発覚しています。動物用のワクチンについても国の承認とは異なる方法で製造していたほか、医薬品の原料で生物テロにも使われるおそれのある「ボツリヌス毒素」を運ぶ際に必要な届け出を怠っていたことも明らかになりました。
テロ対策に詳しい日本大学の河本志朗教授は、「ボツリヌス毒素はオウム真理教が生物兵器をつくるために培養しようとしていたとされる非常に危険なものだ。今回の『化血研』の対応は来年のサミット、5年後のオリンピック・パラリンピックを控え危険な毒素を管理するという危機感が欠けていると言わざるをえない」と話しています。
一連の問題が明らかになったあと厚生労働省は4回にわたって化血研に立ち入り検査を行い、年明けにも薬の販売を一定期間禁止する業務停止処分を行う方針を決めました。
患者の安全を守るため製薬会社を監督する立場の厚生労働省はこれまで2年に1度定期的に検査を行っていながら不正を見抜くことができませんでした。今後は、製薬会社に対し抜き打ち検査を実施するとしています。
今回の問題はいわば、患者の「命綱」をつくる製薬会社に対する信頼を失墜させました。背景には寡占状態で外部の目が入らず、自浄作用も働かない特殊な業界の体質があったことも指摘されています。
厚生労働省は外部の有識者も交えた特別対策チームを立ち上げ、血液製剤やワクチンの安全性の確保や安定的な供給を進めるため業界の再編も視野に議論していくことにしています。業界全体にも影響が広がりそうな今回の問題。薬の安全を守るにはどうすればいいのかという根本的な課題を突きつけています。