2016.5.26_2 : 消費増税再延期へ
安倍晋三首相は検討していた来年4月の消費税率10%への引き上げ再延期を演出する場として、自らが議長を務める主要7カ国(G7)首脳会議(伊勢志摩サミット)を選んだ。世界経済が直面する危機に対応するとの名目で、増税延期が必要と訴えていく考えだ。一方で、実際にはG7参加国の政策に関する立場の違いも浮き彫りになった。
世界経済に関する26日午後の議論は予定時間を約20分オーバーし、2時間近くに及んだ。議論の中で安倍首相は、「リスクから目をそらしてはいけない。G7が一段と強い明確なメッセージを出すことが不可欠だ」と繰り返し訴えた。同日夕、首相は記者団の前で、世界経済は厳しい状況にあるとの認識で各国首脳と一致したと強調した。
経済危機が近づいているにもかかわらず、適切な対応を取らなければ、再びリーマン級の危機が到来する−−。首相はそうした認識を各国首脳と共有したことで増税延期の環境が整ったとし、国民の理解を得たい考えだ。
首相はサミットに先駆けて欧州のG7参加国を回り、「世界経済の安定化のために機動的な財政出動が必要」と訴えた。一方、来年4月に予定される消費増税が個人消費の落ち込みを招くのは確実と見ており、財政出動の効果を相殺してしまうと懸念を深めていた。
表向きは「リーマン・ショックあるいは大震災級の影響のある出来事がない限り引き上げを行う」と説明してきたが、中国経済の減速や原油価格の下落で世界経済が不安定化している状況を受け、増税延期の判断に傾いていた。
しかし、2015年10月に予定されていた消費税率10%への引き上げを14年11月に延期した際、首相は「再び延期することはない」と明言した経緯もあ世界各国の経済学者らから意見を聴取するなどして、慎重に検討を重ねてきた。
最終的には、G7首脳が集まるサミットが増税延期への理解を広げる舞台にふさわしいと判断。世界経済の状況が「リーマン前」に近い状況だとの裏付けを得たとして、増税延期の意向を固めた。世界経済のリスクを増税延期の判断材料とすることで、野党からの「アベノミクスが失敗した」との批判をかわす狙いもある。
ただ、26日の議論で各国首脳は厳しい現状認識を共有したものの、「危機とまでは言えない」との意見も出た。首脳宣言の文案をどういう表現とするかは結論を出さずに、首脳を補佐するシェルパらが調整した。
与党内にも、首相が「リーマン前」を持ち出し、増税延期方針を固めたことに対しては「増税延期の理屈を血眼になって探したのだろう」(自民閣僚経験者)などと批判の声が上がっている。与党内の調整も難航が予想される。首相は、予定通りの増税実施を求めてきた公明党の山口那津男代表と24日に会談。山口氏によると、
この際、首相は「やっていく方向に変わりはない」と説明していた。
消費増税の時期は法律で規定されており、延期には法改正が必要だ。延期幅も決めることになる。自民党の二階俊博総務会長らは2年延期の提言書を提出、民進党も2年間の増税延期法案を国会に出している。
首相が増税先送りの意向を固めたことから、衆院を解散し、衆参同日選に踏み切るかの判断も注目される。14年11月に増税延期を決断した際には衆院を解散しており「増税延期なら同日選に踏み切るだろう」(自民党中堅)との声がある一方、「判断は参院選で問えばいい」(幹部)との意見もある。
「世界経済は不透明感が増大し、さまざまな下振れリスクを抱えている」。開幕直後の会合でこう切り出した安倍晋三首相。エネルギーや食料などの商品価格が2014年6月から今年1月にかけ、リーマン・ショック前後と同程度の55%下落したことなど「リーマン・ショック級の緊急事態」と読めるデータを示し、
世界経済の成長を押し下げる要因を具体的に説明し、各国から踏み込んだ政策協調を引き出そうとした。
さらに安倍首相は「機動的な財政戦略と構造改革を果断に進めるべきだ」と提案。単純な景気刺激策だけでなく、将来の成長を促すような投資促進に力点を置くことで「財政出動に後ろ向きなドイツにも理解が得られるようにした」(同行筋)という。
日本が財政出動にこだわるのは、長引く個人消費の低迷を打破したいからだ。円安・株高で企業収益を拡大し、賃金増や雇用増につなげる「アベノミクス」は、円高・株安で息切れ気味だ。経済成長の加速に向け、政策総動員を訴える安倍首相に対しては、各国からも大きな異論はなく、日本政府は「政策協調で大きく一歩前進した」(世耕弘成官房副長官)と誇ってみせた。
だが、一斉に財政出動を実施することについては、ドイツやイギリスが否定的な姿勢を崩していない。ドイツ政府によると、メルケル首相は「景気対策はバランスが必要であり、対策の中には構造改革も含まれている」として、あくまで構造改革を含めた適切な手段を採用することを求めた。なかには「現状は危機とまでは言えない」と反論する首脳もいて、すべての参加国・地域が危機感を共有するには至っていない。
世界経済のけん引役である米国では、雇用が着実に改善するなど景気の回復基調が継続しており、米連邦準備制度理事会(FRB)は6月にも利上げに動くとの見方がある。また、安倍首相が緊急事態の根拠として示したエネルギー価格も反転しつつあり、26日には原油価格が一時、約7カ月半ぶりに1バレル=50ドルの大台を超え、2月に記録した今年の最安値(26・05ドル)から2倍近い水準まで回復した。
オバマ米大統領は26日夕の記者会見で「各国がそれぞれの必要性と(政策発動の)余力に基づき成長を加速することに注力する」と述べ、具体的な政策発動は各国が独自に判断するとの考えを強調した。「ドイツから見れば、何で日本がこんなに財政出動だけにこだわっているのかは理解できていないはず」(国際金融筋)といった冷ややかな受け止めが大勢で、宣言文がどのような表現になるかも流動的だ。
2月19日 消費増税の再延期は考えていない。リーマン・ショックや大震災のような重大な事態が発生すれば、政治判断で国会で議論をお願いすることはあり得る。重大な事態とは、例えば世界経済の大幅な収縮が起きているかだ(衆院予算委)
3月18日 経済成長なくして財政健全化なし。(増税して)経済が失速しては元も子もない(参院予算委)
29日 来年4月の消費税率10%への引き上げは、リーマン・ショックや大震災のような事態が発生しない限り実施する(記者会見)
5月 2日 世界経済の不透明さをどう認識するか、G7(サミット)で議論したい。国際金融経済分析会合の議論をよく精査していきたい(フィレンツェで記者団に)
18日 (2014年4月に)消費税を引き上げて以来、予想より消費が弱いのは事実で、そこに注目している(党首討論)
26日 リーマン・ショック直前の洞爺湖サミットで危機の発生を防ぐことができなかった。そのてつは踏みたくない(伊勢志摩サミット)